2012年3月15日木曜日

特許よもやま話海外編

海  外  編

アメリカのサブマリン特許

 日本やヨーロッパ等、多くの国では特許出願から一定期間が経過すると公報に公開されます。しかし、アメリカでは以前には、この公開制度がないため、誰がどのような特許を提出しているか分りませんでした。また、出願日に関係なく、特許になった日から17年ということで、審査の継続で長期に渡って潜伏していた出願が突如特許となり、世に出てくることがありました。サブマリン特許と呼ばれるものです。使用している技術が、突如、自分の特許だといって訴えられるケースが実際にあったのです。
 現在では、非公開の請求がない場合、出願日より1年6ヶ月で公開されることになりました。また、出願日より20年の有功期間となりました。
 非公開の請求ができるのは、アメリカ以外の公開制度を採� �している国に出願する意志のない場合のみです。逆に言えば、アメリカ国内だけの出願の場合、非公開になっている可能性があります。
 何年にも渡って審査が継続し、10年も20年も後に突如、特許として世ににでる危険性は非常に薄らいでいます。
 まあ、アメリカの法律でも、知らないで使用していた技術に対しては、様々な救済措置があるため、余程のことがない限り大丈夫と考えられます。

アメリカのミッキーマウス保護法案

 特許も知的財産ですが、著作権も知的財産です。アメリカではまたも著作権の有功期間を延長しようとする動きがあります。
 アメリカではどんどんと著作権の有功期間が延びています。これは面白いことにミッキーマウスの著作権が切れそうになるたびに、延長の話がでますので、ミッキーマウス保護法案と呼ばれています。
 また、一方では、著作権の有功期間を短縮するか、さらにはなくしてしまえという意見もあります。
 とにかく、エスカレートするばかりのアメリカの各知的財産権です。

有名なグラハム・ベルとエリシャ・グレイの特許争い

 電話の発明者としてグラハム・ベルは有名です。しかし、エリシャ・グレイがもう少し電話に興味を持っていれば、その栄冠はグレイに輝いていました。
 1876年2月14日グレイの特許書類が特許局に到着する2時間前に、ベルが特許申請をしていたのです。
しかし、グレイは、特許申請する2ヶ月以上も前に、特許申請時の電話に関するアイデアを持っていたのです。何故、特許申請をしなかったかというと、グレイは電報に興味があり、電話に関してはその実用価値を認めていなかったので、そのまま2ヶ月以上も放っておいたのです。
 偶然の一致とは面白いもので、ベルとグレイの電話に関する図面は驚くほど似ています。
 1877年ようやく電話の有用性を認識したグレイは、ベルから電話� ��関する特許を、まさにもぎ取ろうとして訴訟をおこしました。グレイが電話の研究をしていたことは皆が認めるところです。
 しかし、どのようにしてもベルの発明を無効にすることはできませんでした。長い裁判の結果、ベルとグレイは示談に応じたのです。

テレビの発明家達


ホームフィールドの利点は、本当に重要なのですか?

 テレビに関する最初の特許は、何と1884年にドイツの24歳の発明家パウル・ニプコウにより出されています。送信機と受信機にそれぞれ24個の穴の空いたディスクを取り付けて高速で回転させ、その穴に光りを通すというものでした。
 ニプコウの発明を、アメリカのフランス・ジョスキンやイギリスのジョン・ロジー・ベアード達が改良しましたが、高速ディスクを越えるものではありませんでした。
 電子式テレビシステムの概念をキャンベル・スウィントンが提唱し、1927年アメリカのフォロ・ファーンスワースが、回転ディスクを使わずに送信機と受信機の問題を解決し、特許を申請しました。
 1923年には、ウラジミール・ツブォルキンが、最初のテレビカメラの特許を申請しましたが 、特許局は認可しませんでした。しかし、改良をかさね、1933年商業的に十分質の高い電子式テレビを開発しました。
 テレビの開発者はだれかということは、一概には言えないようです。この問題には、お決まりの法廷闘争がり、1932年ファーンスワースとツブォルキンの間で争われました。しかし、ファーンスワースに分があったようです。

自動車エンジンの発明家は?

 今も主流の自動車のガソリンエンジン。一般的にはベンツやダイムラーが、ガソリンエンジンを搭載した自動車の発明者と認められています。
 しかし、あまり知られていないのが、アメリカの発明家セルデンです。1878年にアメリカのセルデンという人が、三気筒のガソリンエンジンの特許を取得しています。
 1902年、セルデンはダイムラーやベンツその他の自動車会社を裁判に訴えました。
 結果的には、セルデンが勝ち、当時参入した自動車会社は特許料を支払うこととなったそうです。

ファックスの特許は意外と古い

 今ではどこででも見かけるファックスですが、世界で最初のファックスの特許は意外と古く1843年です。
 これをもとに、ジョブァンニ・カセッリが1863年にアメリカで最初の商業ファックス機器の特許を取得しました。これは、パンテレグラフと呼ばれ、1865年から1870年までの間、フランスで使用されていました。

驚き!世界の発明 人力飛行機

 なんと人力飛行機がアメリカで実用新案となっています。1889年ジョン・ホームズ氏は、開発した人力飛行機を申請、見事認可されました。
 この飛行機は、腹ばいに寝そべった状態で、右手でチェーンでプロペラと連動した軸を回転させ、左手で方向を操作するというものです。
 しかし、実用新案として申請するぐらいですから、これが商業化されると考えていたに違いありません。我々日本人はこの発想には到底及ばないでしょう。 

驚き!世界の発明 道路一面動く歩道


彼らは何を食べるカナダ

 アメリカ人の発想はとにかく壮大です。
 今はあちこちでお目にかかる動く歩道。これを道路一面に、何列にも並べ設置し、各歩道の速度を変更します。これにより、様々な速度で町を移動できることになります。しかも、これを町一面に設置しようというのです。
 発案者は、アルフレッド・スピヤー氏、1890年に特許としての認可もおりています。
 実験では大成功したのですが、現実となると資金集めの問題と行政機関よりの許可の問題で計画は頓挫してしまいました。

驚き!世界の発明 娯楽設備のついた救命具

 何と、救助が来るまでの時間つぶしの設備を持った救命具が1869年に開発されています。
 水、食料はもちろんのこと、タバコにパイプそして何と本までが装備されています。読書をしながら救助を待つという案配です。

驚き!世界の発明 人工キャビア

 旧ソビエト時代の科学者達が、人工キャビアの特許をイギリスに申請し特許となっています。
 お目にかかったことも、聞いたこともないので、実際には世に出回っていないと思われます。

驚き!世界の発明 チョコレートのレコード盤

 蓄音機と言えばエジソンですが、1903年ドイツ人ゲブリューダー・ストールベルクも イギリスで蓄音機に関する特許を取得しています。
 この蓄音機は、子供むけの蓄音機で、チョコレートでできた「食べられる」レコード盤専用のものでした。
 レコードを聞いた後は、おやつとしておいしく食べるというぐあいです。

ガリレオの特許

 地動説で有名なガリレオ。このガリレオも特許を取得しています。
 1594年、灌漑用水用の水をくみ上げる機械で特許を取得しています。
 この時代のベネチアの特許制度は、特許を取得してから1年以内に、実際に実施しないといけませんでした。 そして、この1年以内に完成すると、20年間の権利が与えられました。
 しかし。もし完成しない場合は、どうなるのでしょう。ウソをついたと牢屋に放り込まれたのでしょうか。

リンカーンの特許

 アメリカの16代大統領リンカーン。このリンカーンも特許を取得しています。
 大統領になる前、船に関する特許を取得しているのです。川を運行する船が浅瀬に乗り上げないようにするための方法です。
 リンカーンも特許には、感心があったようです。アメリカの特許庁の入り口には、リンカーンの言葉が刻まれています。

嘲笑される発明


英国CITESペット可のトップ広告

 発明家の発想は、古より人々の嘲笑の的であり、またその発明品は、非現実的で役に立たないものの代名詞でした。
 自動車が始めて世に出たとき、「馬車の代わりにはとてもならない」と言われました。
 飛行機が誕生したころ「汽船のように大量の乗客を乗せて海を渡るなど、およそ不可能なことである。また、仮にできたとしても、とても経済的に合わない」といわれました。
 鉄道もまた、「乗客の身体生命を危険にさらすものであり、吹き上げる蒸気は穀物に火をつけ災害をもたらす」と非難されました。
 多くの発明が、このように人々の嘲笑にさらされました。発明が認知を得るまでは苦闘の道のようです。

ちょっと早い発明

 特許は奇想天外であっても取得できます。いや、奇想天外であればあるほど、誰も出願していないため取得できる可能性があります。
 特許の中には、その当時では奇想天外でも、現在ではそうでないものも多々あります。
 1867年イギリスのジェームズ・パドラーとエドムンド・エドワーズは、蒸気で飛ばす飛行機の特許を取得しています。この前後には、多数の蒸気飛行機が特許を取得しています。しかし、 実際にはほとんど制作されていません。ライト兄弟が有人飛行に成功したのは1903年のことです。
 1973年にはイギリスで原子力を動力とした宇宙船が特許になっています。取得者はイギリス国有鉄道ですが、1976年技術的にあまりにも時機尚早と、特許を取り下げています。
 これからも、様々な早すぎる発明が特許申請されるでしょうが、そのような発明も将来には、あたり前の道具になっているかもしれません。

紀元前2000年のシュメール人は掛け算や乗数計算を行っていた

 特許とは関係ありませんが、様々な発明の基礎となるのが計算方法です。
 バビロニアの南部(イラク)で出土した粘土板には、この地方に住んでいたシュメール人が使用していた 様々な計算表が刻まれていたものがありました。シュメール人が使用していたのは60進数でしたが、 掛け算の九九、2乗や3乗の計算を既に行っていたようです。
 また、エジプトのパピルス書には、分数や体積をはかる計算方法などが記されています。

永久機関

 人類の夢、永久機関。これに関する様々な特許も実際に申請されています。
 19世紀のアメリカでは、永久機関に関する特許申請については、その永久期間の模型を申請時に提出 する規則になっていました。しかし、1870年頃にこの規則を撤廃したところ、永久機関に関する申請が 山のように特許局に提出されました。そこで、1911年に再び模型を提出することとし、現在にいたって います。
 イギリスでは、1949年に自然法則に反するものとして、特許法において全ての永久機関の申請を除外 しました。フランスでも1700年代にはやくも、永久機関に関する発明は認めないということにしました。
 しかし、世界各国において、いまだに永久機関に関する申請が行われているそうです。

使い捨て商品を発明すればもうかる?


 訪問販売員をしていたアメリカのキング・キャンプ・ジレットは、ある発明家から この言葉を聞きました。
 ある朝、ひげをそっていたジレット、ひげそりの刃が使い捨て商品として良いのではないかと気がつきました。
 試行錯誤を繰り返し、1901年特許を申請しました。1904年にボストンで生産を始めたのですが、 最初の年の販売数は、刃が168枚、ホルダーが51個と不振でした。しかし、1909年には、刃の販売数が1240万枚と ホルダーが9万個に増えました。やはり、使い捨て商品を発明すればもうかるのかもしれません。

蒸気機関の歴史は意外と古い

 ジェームズ・ワットの蒸気機関として有名ですが、蒸気機関の試行錯誤は意外と古い ものです。
 古くは、1世紀のアレキサンドリアでヘロンという科学者が、玩具として蒸気で回転する機械を作って いました。
 17世紀後半には、熱気の推進力を利用した鉱山用のポンプが、商業用として生産されています。
 18世紀に入ると、イギリスのトーマス・ニューコメンが鉱山用ポンプに改良を加えました。この ニューコメン以後、長い間彼の蒸気ポンプを上回る発明は出ませんでした。そして、やっとワットの 登場です。
 ワットはニューコメンの発明に改良を加え、改良型の特許をいくつも申請しました。 特に、1781年に特許を取った蒸気の力を回転運動に変える歯車は、蒸気機関を工場その他の動力源として 使用できる道を開きました。
 ワットも厳密に言えば既にあった蒸気機械を改良したのですが、やはり彼の蒸気機関が産業革命の 発展に寄与したと言えます。

人造肉

 今広く利用されている大豆を原料とした人造肉は、全然畑違いの分野を研究していた フォード自動車の研究員ロバート・ボイヤーが発明し特許をとっています。
 畑違いの分野の研究から、たまたま発見された、または発明されたというものが多くあります。 この人造肉などはその良い例です。

ドライクリーニング

 このドライクリーニングも、偶然により発明されたようです。
 ドライクリーニングの発祥はフランスです。1825年のある日、パリのジョリィ・ブレンは、テーブルの上のランプをとろうとして、あやまって倒してしまいました。
 ジョリィ・ブレンは、ランプからこぼれた油をふきとろうとしましたが、油のシミはとれませんでした。
 しかし、数時間たつと油をこぼしたところだけが、他のところよりきれいになっていたのです。これは、油がテーブルクロスの汚れを浮きあがらせ、そうとは知らずに拭き取ったためでした。その後、油は蒸発し拭き取った個所がきれいになったというわけです。
 これがドライクリーニングの起源になり、ジョリィ・ブレンはこの発見で大成功しました。

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